MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯1473 韓国の労働組合と賃金格差

2019年10月17日 | 社会・経済


 韓国で旅客・貨物列車や高速鉄道(KTX)の運行などを行う韓国鉄道公社の乗務員・従業員等で構成される「全国鉄道労組(鉄道労組)」が、10月11日の午前9時から総額人件費制度改善、安全人員補充などを要求してストライキに突入したとの報道がありました。

 同労組は(政府が約束した)賃金正常化と交代制改編、安全人員補充、公共部門非正規職の正規職化の履行などを求めており、進展がなければストは少なくとも14日まで続くということです。

 組合員の中には、今回のストはあくまで「前哨戦」と主張する向きも多く、今後もこうしたストライキが続くようであれば、KTXなど高速鉄道や広域鉄道の運行など韓国の広域交通に大きな支障をきたすものと考えられています。

 また、一日約720万人が利用するソウル地下鉄1~8号線を運行するソウル交通公社の労働同組合も10月16日から一斉ストライキに突入すると発表しており、韓国の全人口の約半数を抱えるソウル市内の交通にも大きな混乱が生じると懸念されているところです。

 中国に向けた輸出額の縮小に加え、文在寅政権の反日政策やそれに伴うボイコット日本の動きなどもあってあまり調子が芳しいとは言えない韓国経済ですが、そうした中でも市民による政治デモと労働組合のストライキだけは大変に元気が良いのが韓国の現状と言えるかもしれません。

 韓国では伝統的に労働組合の力が強く、またその運動も過激化しやすいことが知られています。

 10月17日の経済サイト「現代ビジネス」では、こうした昨今の状況について大東文化大学経済学部教授の高安雄一氏が「韓国経済に大打撃を与える労働組合の暴走」と題する論考を寄せています。

 韓国経済は米中貿易戦争を背景とした中国景気悪化の影響を受け、2019年1~8月の輸出は全体で9.6%落ち込み、これをリードするサムスン電子の純利益も、2019年4-6月は5兆ウォンと前年同期の11兆ウォンから半減した。韓国経済はこぞって元気がなく、弱気となっていると高安氏はこの論考に記しています。

 しかし、そうした中でも同国の労働組合は相変わらず強気のままでいる。韓国をよく知る人には、「韓国の労働組合といえばストライキ」というイメージがあるかもしれないが、これは間違ったイメージではないと氏はこの論考で指摘しています。

 実際、ストライキによる労働損失日数を2014年から2018年の5年間の平均値で比較すると、日本が1万日であるのに対し韓国は91万日に及ぶということです。

 韓国の労働組合がストライキを行う理由は、これが要求を通す効果的な方法だからだというのが高安氏の認識です。

 韓国では、ストライキに対抗するための使用者側の措置は法律によって制限されており、使用者側は、ストライキなどの争議行為で中断した業務を行うために代替要員によって業務を再開することが認められていないということです。

 また使用者側が労働者を事業場から締め出すロックアウトも制限されていて、ストライキをしている労働者を締め出し、事業を再開することができないという事情もあると氏は言います。

 使用者側がストライキに対抗する効果的な手段を持たず、ストライキを打たれると操業を中断せざるを得ないため、使用者側が大幅な譲歩を余儀なくされているのが韓国の現状だということです。

 韓国経済研究院の調査によれば、景気後退が深まった2019年においても労働組合側は平均6.3%の賃上げを要求しており、依然として強気な要求を崩していないと氏はこの論考に記しています

 韓国の景気が悪化するなかでは、労働組合の強い姿勢は短期的には景気の足を引っ張ることとなる。ストライキが発生すれば、生産が行われないなかで固定費がかかり続けるので企業利益が減少し、ひいては雇用や設備投資の減少につながるということです。

 また、中長期的には国内の雇用が失われる要因となると氏はしています。労働組合の強気な賃上げ要求により輸出企業の価格競争力は削がれ、企業は安価な労働力を確保するため東南アジアなどに工場を移すこととなるということです。

 さらに、現在、韓国の労働組合がとっている行動は、大企業と中小企業の格差を拡大させ、ひいては若者の「中小企業離れ」を助長しているというのが高安氏が特に感じている問題意識です。

 韓国の労働組合の組織率は2017年で10.7%に過ぎないが、300人以上の事業所では57.3%と高く、大企業であるほど労働組合の力が強い傾向にある。そして韓国の労働組合の大半は企業別組合であり、労働組合の強い交渉力の恩恵は主に大企業の労働者が独占しているということです。

 また、大企業の無理な賃上げは人件費の高まりを通じて企業の競争力を弱めることにつながっていると氏は指摘しています。

 大企業の主要マーケットは海外であることも多く、グローバル競争に直面しており、人件費上昇を別の費用を削減することで相殺させなければならない。下請けの中小企業は、不均衡な力関係ゆえに大企業からの理不尽な要求を拒否することは難しく、企業存続のため人件費を圧縮すべく自社の労働者の賃下げを行うということです。

 実際、韓国雇用労働部の「事業体労働調査」によれば、大企業従業者を100とした場合の中小企業従業者の賃金は、1993年には73.5であったものが、2018年には52.8にまで低下していると氏は説明しています。

 大企業と中小企業間で賃金格差が拡大している理由の一つに大企業の正社員が過剰に優遇されこの費用が下請け中小企業に転嫁されたことがある。そこに生まれた大企業と中小企業の賃金格差拡大が、若者の中小企業離れを助長しているというのが氏の認識です。

 景気の悪化が深刻化している今だからこそ、政府は労働組合の暴走を抑制しなければならないと、高安氏はここで指摘しています。

 しかし、労働組合を支持母体としている文在寅政権にこの役割を期待することは難しいのではないか。どんなに景気後退が深刻になっても、労働組合が弱気になることはあり得ないのではないかというのが氏の見解です。

 財閥の経営改革に力を注ぐとしてきた韓国の文在寅政権ですが、財閥問題の最重要課題は、特に財閥で強力な労働組合が韓国経済に与える短期的・中長期的の悪影響を解消することにあると氏はこの論考で主張しています。

 韓国の文在寅左派政権は、隣国韓国を一体どこに連れて行こうとしているのか。

 文在寅大統領は問題の本質を見極め、適切な経済政策を打つことが求められているとこの論考を結ぶ高安氏の指摘を、私も大変興味深く読んだところです。



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