MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

 伊皿子坂社会経済研究所のスクラップファイルサイトにようこそ。

♯1584 新型コロナと中小企業

2020年04月05日 | 社会・経済


 報道によれば、全国に515ある「商工会議所」は1月29日に(会員企業に対する)「新型コロナウイルスに関する経営相談窓口」を開設し、3月18日までに合わせて3988件の相談を受付けたということです。

 相談内容は、開設当初は「インバウンド減少」「サプライチェーン停滞」に起因する観光関連産業や製造業・建設業の相談が多かったようですが、感染の拡大に伴って「イベント自粛・中止」や「学校一斉休校」に起因する「相次ぐ予約・受注キャンセルで大幅な売上減少」などが増加したとされています。

 さらに最近では、「従業員の休業で業務に支障」「学校給食の休止による大幅減収」など、飲食業、サービス業、卸売業、小売業など、全国のあらゆる業種の中小企業から悲鳴が寄せられているということです。

 中央団体である日本商工会議所が3月21日に公表した早期観測景気調査(3月分)によれば、加入(中小)企業の44.4%(前月比33.1ポイント増)が「新型コロナウイルスへの感染拡大による影響が生じている」と答えているということです。

 さらに、「長期化すると影響が出る懸念がある」と答えた47.7%を加えれば、全体の92.1%の企業が(程度の差こそあれ)経営への影響を憂慮している状態にあり、経営基盤の弱い中小企業が新型コロナウイルスの感染拡大によって大きなダメージを受けている(or受け始めている)ことが分かります。

 こうした状況を受け、政府は、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急経済対策として、中小企業などを支援するため「給付金制度」を設けたり、金融機関から無利子融資を受けられるようにする方針を固めたと3月29日のNHKニュースは伝えています。

 中でも、検討されている「新たな給付金制度」は、中小企業や小規模事業者などに対して直接、現金を給付するという異例の対策となる見込みとされています。

 給付額や全国すべての中小企業などに一律で現金を給付するのか、売り上げや利益が一定程度減少した企業に対象を絞るのかなど具体的な仕組みは今後検討されるとのことですが、政府が直接企業に資金を供給するという(これまでにない)対応となることは間違いありません。

 また、政府は企業の資金繰り支援をさらに強化するため、中小企業などが民間の金融機関からも(実質的に)無利子となる融資を受けられるようにするということです。

 一方、(「いつものこと」と言ってしまえばそれまでですが)「地域経済を守るため」として政府がこうして中小企業や小規模事業者に税金を投入し、彼らの市場からの撤退を妨げ延命を図ることについては様々な異論も聞かれます。

 3月27日の日経新聞では、(日本の産業構造の転換を指摘する)経済アナリストとして知られる小西美術工芸社社長のデビッド・アトキンソン氏が、そうした視点から「日本、脱・中小企業優遇策で成長を」と題する論考を寄せています。

 データ検証をしない特殊な例を一般化しがちなエピソードベースが主流な日本では、ごく一部の大企業が「日本企業」だと思われていると、氏はこの論考に綴っています。

 しかし、実際のところ日本の産業構造は大企業が少なく、その大企業の規模も小さい。中堅企業も決して多くはなく、大半は規模の小さい中小企業が占めている。日本企業とはその実態、中小(零細)企業のことだというのが氏の認識です。

 大企業は中堅企業より生産性が高く、中堅企業は小規模の事業者より生産性が高いというのは経済学の鉄則である。

 この大原則に基づけば、中小企業が増えれば増えるほど国全体の生産性が低下することになり、個人の所得が減り貧困が増加して格差も開く。輸出も減り、女性活躍も最新技術の普及も進まないと氏は言います。

 つまり、そこにあるのは低生産性、低所得、低収益性の構造であり、それが故に環境変化への耐久性もない。今般の新型コロナウイルス騒動にみられるように、数カ月の売り上げ減少でも悲鳴を上げる、そういったぎりぎりのところで存続している企業が多い原因はこの産業構造にあるというのが氏の見解です。

 先進国の中で、ドイツや米国のように大企業と中堅企業を中心とした経済は強く、イタリア、スペイン、韓国や日本のように、小規模事業者が多ければ多い国ほど産業構造は弱くなるとアトキンソン氏は説明しています。

 生産性は結局のところ、その国の経営資源がどういった産業構造に配分されているかによる。人材の良しあし、イノベーション(技術革新)能力、技術力、勤勉性などで生産性が決まるわけではなく、経営資源を産業構造の中でどう生かすかが重要だという指摘です。

 生産性を高めるためには、一定以上の規模が必要となる。そして継続的に向上させるには規模の拡大が欠かせないというのが、この論考におけるアトキンソン氏の基本的認識です。

 そこで(あえて言えば)、現在の日本企業の生産性が上がらない理由の第一は、中小企業への支援策を厚くする政府の政策にあると氏は述べています。

 中小企業の優遇が厚くなればなるほど、多くの企業は中小企業を卒業したがらなくなる。中小企業の定義が他国に比べて小さいうえ、最低賃金も含め中小企業への優遇策が手厚いなど、国策によって生産性が上がらない構造をつくってきたようなものだというのが氏の指摘するところです。

 そして(日本企業の生産性が上がらない)第二の理由として、氏は「経営者の質」を挙げています。

 厳しい指摘ではあるが、企業の規模は多かれ少なかれその経営者の能力の鏡といえる。国策によって中小企業の数を増やせば増やすほど経営者の平均的な能力水準が下がり、それに伴って企業の生産性も低下するということです。

 さて、人口減少社会を迎えた日本は、この際、いかなる企業も大企業や中堅企業を目指す(そして、そうなれない企業は市場から退出させる)という政策に切り替えるべきだというのが氏の考えるところです。

 新型コロナウイルスの影響は、恐らくは今後半年以内に日本経済の弱い部分へのシワ寄せとして顕在化してくることでしょう。

 こうした時期、(日本経済の中心的な担い手である)中小企業に当面の運転資金を供給することはもちろん必要な手立てだとは思います。しかし、ただ中小規模だからという理由のみで、救済の手を差し伸べ続けていてよいものかどうかは思案のしどころかもしれません。

 変革には何十年もかかるが、いま始めないと日本はさらに貧困化する。現状の停滞した日本経済を変えていくには、(多少の痛みを伴っても)小規模企業を中心とした産業構造の転換が不可欠だと考えるアトキンソン氏の指摘を、そうした視点から私も興味深く読んだところです。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿