MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯1453 価格表示と「お得感」

2019年09月21日 | 社会・経済


 「消費税の円滑かつ適正な転嫁の確保のための消費税の転嫁を阻害する行為の是正等に関する特別措置法」という長い名前の法律があります。

 この法律では、消費税の円滑かつ適正な転嫁の確保及び事業者による値札の貼り替え等の事務負担に配慮する観点から、法の施行日(平成25年10月1日)から法が失効する平成33年3月31日までの間、消費税法に規定する「総額表示義務の原則」の特例として、「税込価格を表示することを要しない」と規定しています。

 「何を言っているのかよくわからない」とおっしゃる方も多いと思うので、少し解説をしておきます。

 消費者である私たちは普段あまり意識していませんが、消費税法では、お店の値札や広告などに表示されている「価格」は、消費税を含んだ総額を表示することが義務付けられています。

 私にも記憶がありますが、実は平成16年4月に総額表示方式が導入されるまでは、一般の店舗では「税抜価格」を表示するスタイルが主流でした。

 しかし、税抜価格しか表示されていないと(レジで請求されるまで)最終的にいくら払えば良いのか判らなかったり、税抜・税込の価格表示が混在したりしていたために消費者の混乱を招いていました。

 そこで、(このような状況を解消するために)値札を見れば消費税を含む支払総額が一目で分かるよう、総額表示方式が義務付けられたということです。

 そうは言っても、現在でも「税抜き価格」を表示している店はたくさん見かけます。居酒屋で一杯300円の酎ハイを頼んでも、支払う時は324円だったりするのはよくある話です。

 実は、そういうお店も法律違反をしているわけではなく、前述の(長い名前の)「特別措置法」で認められた、平成33年3月31日までは「総額表示しなくてもよい」という特例措置に従っているというわけです。

 消費者にとっては税込価格で表示されている方が便利だからこそ「総額表示が原則」とされているのに、どうしてこのような特例が認められているのか?

 御存じのとおり、平成9年4月に3%から導入された消費税は、平成16年以降、5%→8%→10%と段階的に増税されることが法律に規定され、実際に平成26年4月には5%から8%に引き上げられました。

 本来であれば、引き続き1年半後の平成27年10月から10%に引き上げられるはずでしたが、こちらもご存じのとおり(総選挙を控えた)安倍政権の決断により先延ばしにされて来た経緯があります。

 店側からすると、消費税が1年単位で増税されるとすると、その度ごとに値札を貼り替えるのはかなりの負担となる。そうしたことから、事業者への配慮として平成33年(令和3年)3月31日までは税抜価格を表示しても良いという特例が適用されたというわけです。

 なお、この特例法によれば、「税抜価格」を表示する場合にはその価格が税込みであると消費者に誤って認識させないための措置を講じることが求められているので、注意が必要となります。

 さて、長々書いてきましたが、ここで問題になるのは今年10月1日の消費税率10%への税率アップに合わせて導入される「軽減税率」への対応です。同じ商品でも、店内飲食をするかテイクアウトするかで税率が変わってしまう例など、(全商品一律とはいかない)複雑な対応が求められます。

 例えばカフェなどの場合、店内で飲み食いすれば標準税率の10%が適用されますが、テイクアウトすれば場合は軽減税率の8%が適用されます。最近は、コンビニなどでもイートインのコーナーなどが人気なので、日常的にも戸惑うことが多いかもしれません。

 そうなると、「税抜き価格」を書いておいて、消費の仕方ごとに税率を変えて計算し支払ってもらうのが合理的なような気もしますが、「商売」として考えてみた時、果たしてどのような形をとるのが最もメリットがあるのか。

 「表示一つに何をそんなに…」と思われるかもしれませんが、7月25日の日経新聞のコラム「やさしい経済学」に、駒沢大学教授の若山大樹氏が「お得感左右する判断基準」と題する興味深い一文を寄せているので、参考までにこの機会に紹介しておきたいと思います。

 本体価格と(消費税のような)他の価格要素の分割併記は、売り手に有利とは限らないと若山氏はこの論考に記しています。

 本体価格に追加される要素が手数料のように売り手を利する場合、買い手はネガティブな反応を示すことも多い。つまり、コミコミ(総額)で手数料等を見えなくした方が売り手に有利な場合があるということです。

 一方、追加費用の原因が売り手の利益とは無関係な外的要因(例えば、消費税のように売り手を通過し第三者へ渡る費用等)には、買い手が理解を示すこともあると氏は指摘しています。

 このような、価格要素の存在理由が買い手に及ぼす影響を説明するのが「帰属理論」というもので、「分割表記」をすると分割された要素の数だけ買い手に余計なことを考えさせ、好意的評価が得られないリスクを高めるということです。

 例えば、分割表記が売り手にとって有利あるいは不利となる事例に、ネットショップの送料があると若山氏は言います。

 2006年の米国の研究では、送料が1ドル上昇すると売り上げは6.2%減るのに対し、本体価格を1ドル上昇させても売り上げは2.7%しか減少しないことから、「送料」のネガティブなインパクトは本体価格の2倍以上だとの結論を導いているということです。

 もっと極端な事例に「送料無料」の事例があると氏はしています。送料を買い手に負担してもらう代わりに送料と同額を本体価格から割り引いても、「送料無料」を謳った場合の消費者へのインパクト(訴求効果)には全く及ばないということです。

 1979年に米国の経済学者ダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーによって提唱された「プロスペクト理論」では、お得かどうかといった主観的な判断を行うときに、人はまず「損失」なのか「利益」なのかを考えるとされています。

 支払いを損失領域で理解する場合、何を基準(参照価格)に比較するかで、支払いの痛みや、値引きで軽減された痛みは異なる。損失の金額(客観的な価値)と痛み(主観的な価値)の関係は、詳細に価値関数で表現されるということです。

 そして、価値関数を当てはめると、「分割表記」は分割された数だけ多重の痛みを感じさせることになる。最終的な痛みの合算値は、必ず総額表記のそれを上回ると予測されるとこの論考で若山氏は説明しています。

 つまり、痛みが少ないのは(痛みが一度で済む)「総額表記」の場合ということになり、他方、割引額が同じなら、小さい方の価格要素(送料)から値引く方が大きな要素から値引くより痛みの軽減度合いが大きくなる。そのため値引き状況では、分割表記を採用して小さい要素から値引くのが「正解」だというのが若山氏の見解です。

 さて、話は戻って、消費税の表記の仕方としては何が正解なのか。税を取る側の立場に立てば、もちろん物を買うたびに税金を取られるという「痛み」を自覚させない総額表示方式が有利なことに異論がないでしょう。


 また、モノを売る側の立場でも、(通販の送料は無料にできても)「小さい要素」の消費税分を無料にすると具体的に謳えない以上、買い手に同じ負担を強いるならやはり(痛みの少ない)総額表示の方が有利になるような気がします。

 しかし、消費者の立場に立てば、支払った金額の内、いくらを税金として払っているかがはっきりと判る「税抜き価格」表示の方が、タックスペイヤーとしての自覚をしっかり持てる分だけ有利と言えば言えるかもしれません。

 さて、現実はどうなるのか。10月1日の消費税率引き上げまで、気が付けば既に1週間ほどとなりました。


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