小浜逸郎・ことばの闘い

評論家をやっています。ジャンルは、思想・哲学・文学などが主ですが、時に応じて政治・社会・教育・音楽などを論じます。

国境の重要性を再認識せよ

2020年02月05日 18時23分11秒 | 思想

決められた車しか通行できない武漢中心部

勤務している大学で、ごく短い時間、「国家とは何か」について講義します。
そこでは、概略次のような話をします。

初めに、君たちはどういう時に国家というものを意識するかと質問します。
あまりパッと答えられる学生がいないのですが、外国に行った時、オリンピックのような世界的なスポーツ大会の時などの答えが徐々に出てきます。
紛争が起きた時、戦争する時などと答える学生はまずいません。
この答えは、出てきて当然なのですが、そういう国と国との対立という観念が今の日本の若者の頭にはさっぱり浮かんでこないようです。
戦後の平和ボケ日本の弊害ですね。

それはまあ仕方ないとして、こちらからは、まず、主権、国民、領土を国家の三要素と言うという当たり前の話をします。
次に、主権について説明します。
近代民主主義国家においては、主権者が国民とされていること。
しかし、対外的な主権の存在を忘れてはならないこと。
つまり国際関係において、ちょうど個人の人権と同じように、一国が他の諸国に対して侵し得ない独立の権利を持つこと。
それは国家が自ら国民の生命や身体や財産を外部の圧力から守ることによって初めて満たされること

次に、国家というものは、国会議事堂とか総理大臣といった実体ではなくて、「私たちは○○国という国家の一員である」という共有された観念なのだという話をします。
観念というとぼんやりしているように聞こえますが、そういう観念を一国のメンバーみんなが抱いていることこそが国家を国家たらしめている唯一の条件なのですね。
国家は国会や内閣や裁判所などの権力システムだけがあってもその要件は満たされない。
それらの権力システムが有効に機能するためには、「私は何国人だ」という観念をみんなが抱いていなくてはならない。
私は前者の権力システムを「機構としての国家」、後者の観念の共同性を「心情としての国家」と呼んでいます。
機構としての国家は、心情としての国家の存在によって初めて意義を持つのです。

では心情としての国家がきちんと統一性を保つためにはどういう条件が必要か。
まず目に見えるもの、つまり統合の象徴が必要です。
それは国王や元首(日本の場合は天皇)、国旗、国歌、心情のよりどころとなる宗教的な建造物などによってあらわされます。
また、生活慣習の共通性、長きにわたる文化伝統、言語の統一性などが重要な条件となります。

以上のような話をした後に、国家権力のもつ両面性について説明します。

国家権力は、二つの意味で、なくてはならない大切さを持っています。
一つは、社会秩序や個人の人権(生命、身体、財産その他)を守ること
このことはふだんあまり意識されませんが、世界の紛争地帯のように、権力が空白になるとそれらがたちまち侵されることからして明らかです。
つまり個人の人権とは、国家と対立するものではなくて、国家の存在によってこそ支えられるのです。
もう一つは、グローバリズムに対する防壁の意味を持つこと
これはことに経済の面において明らかです。

余談ですが、今の日本の学生の多くは、人、モノ、カネの自由な移動、つまりグローバリゼーションをひたすらよいことだと思っています。
困ったものです。
私は自分の講義の別項で、グローバリゼーションがいかに危険性をはらんでいるかについても説明しています。

いっぽう国家権力は、危うい側面も持っています。
一つは、国家というものが必ず外部との関係によって成り立つので、そのまとまりそのものが国家間紛争の種を作りだすことです。
国家利害の衝突が解決不能に陥った時、大戦争にまで発展することは、歴史がさんざん教えていますね。
もう一つは、国家権力はひとりひとりの国民の生活領域をはるかに超えた強大な力を持つので、その用い方ひとつで、国民のためにならないことをいくらでも行える可能性を持っています
したがって私たち「主権者」は、国家権力(政府)が国民に不利益を押し付けないかどうか、絶えず監視する必要があります。

以上のようなことを講義するのですが、まあ、これらは良識ある大人にとっては当たり前といってもよいようなことがらです。
しかし大人でも私生活に紛れて忘れてしまいがちなので、常に意識化、自覚化、明示化しておくことが大切です。

ただ、今回、中国の武漢で新型肺炎が発生し、世界中に流行する気配を見せていることで、私も改めてグローバリゼーションが持つ危険性と、国家の重要な役割を認識させられました。
これまでうかつにも疫病の世界的蔓延という事実には思いいたらなかったのです。
顧みれば、今日のように医学が発達していなかった時代には、ペスト、コレラ、チフス、天然痘など、恐ろしい伝染病が世界を席巻した事実を、歴史が教えています。
いや、今でもインフルエンザ、エイズ、エボラ熱、SARSなど、死に至る病が猛威を奮う事実はいくらでも確認できます。
こういう時、国家が確実な検疫体制を敷くことによって、水際で被害を最小限に食い止めるのでなければ、いったい他のどんな共同体組織がそれをなしうるのでしょうか。
国境は要らないだの、世界人類だの、地球人だの、天賦の人権だのと、安全地帯でノーテンキなことを吹きまわっている輩は、この問いに答えることができますまい。
この際、国境こそが人権(生命、身体、財産)の安全保障を徹底できるという事実を改めて認識することが必要不可欠です。


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