#59<北野ぶらぶら②> 2004.05.08
承前
シャミアナを出て何十年かぶりで、すっかり観光地化したと聞く北野界隈を歩いた。
このあたりは明治始めの神戸開港の時からの外人住宅地だったらしい。
今はかなりの住宅が異人館として開放されているが、中心を外れて歩いても
それらしい住宅に出合う。
今も人が住んでいるような気配の家もあった。
ここに普通に住むインド人や白人に時々行き会いながら歩いた。
生まれてから一度も日本から出たことがない外国系日本人も結構いると言う話だ。
しばらく行って横丁に入るとインド人のマンションらしい建物があった。
玄関に象の置物があった。象はインドでは神聖な生き物であり、ここでは守り神
として入り口に飾ってあった。
表札にCITADELとあるので象の像を良く見たが、舌は出ていなかった。
だんだん浜側へ降りていくと異人館の売り物が出ていて驚いた。
売値37百80万円と書いてある。周囲は震災後マンションとアパートに囲まれて
しまい住んでいた人も震災後出てしまったような気配だった。
横にも回って見たが擬似異人館のような造りで、これは買う人はおらんやろうと
思ったが念のため相方に「オタクのヘソクリで買ってみる?」と言ってみた。
もうちょっと保存状態が良ければキャッシュで買うけどと返ってきた。
やはりヘソクリはあるようだ。
ハンター坂を下りて「フロインドリーブ」に寄った。
この店の食パンはもうかなり昔、白タビ宰相、ワンマン首相といわれた大磯に
住んだ吉田茂元首相が毎朝一番機で伊丹空港から機長託送で羽田に送らせ、
そこから大磯街道を車で飛ばして取り寄せ、朝食に毎朝かかさず食べたと聞
いた事がある。
神戸に戻ったとき「たかが食パン、フロインドリーブがどれほどのもんやねん」と
思って買って食べたが、このドイツ風の食パンのさりげないうまさは何とも言えなかった。
毎日の日常の主食は自分を主張しないのだと思った。いい米飯と同じことだろう。
いくら食べても飽きがこない味だ。
食パンは午前中で一日の焼く量がすべて売り切れるのでそれはもう棚になかった。
バケットとラスクと全粒ドイツパンを買って帰った。
ここから阪急三ノ宮駅までは東門街を通って10分もかからない。
夕食はバケットを薄切りにして焼き、オリーブオイルをつけてナマニンニクを擦り付け
それにプチトマトを載せて食べた。家ではこのところ焼酎と和食が中心なので
久しぶりのガーリックトーストと赤ワインの晩飯はうまかった。
家から30分もあれば三ノ宮だが、観光化していると敬遠していた北野界隈も行って
みれば結構面白かった。
#60<北野ぶらぶら③範多商事> 2004.05.14
何人かの読者から前回の<北野ぶらぶら>に返信を頂きました。
そのうちのお一人、藤先輩からのメールに辛好にとって思いがけない
情報が含まれていました。
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ハンター坂と出ていましたが、懐かしいですね。
ご存知の事と思いますが、私が約9ヶ月間在籍していたS重機精機販売株式会社と繋がりがあることを。
英国の貿易商E・H・ハンター氏がハンター商会を設立。(その後身の)範多商事からS機精機販売を経て
現在のS精機販売株式会社になったことを。(ハンター氏は1865年22歳で来日)
彼は日本に帰化し、今の日立造船の前身である大阪鉄工所を開き、
明治勲章・勲5等 旭日賞を授与されている。
ハンター坂は、彼の住居がその辺にあったらしい。
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辛好も勤務した会社のグループ会社の一つだった範多商事のことは覚えていましたが、まさか範多商事創立者のハンターさんが
北野町ハンター坂の名前の由来になった人とは知りませんでした。
あわててインターネットで検索してこういう記事と写真を見つけました。
「神戸市灘区王子町王子動物園内東端カバさん、サイさんのお隣りにある異人館ハンター邸。王子動物園はソメイヨシノの桜の名所です。
アイルランド人の実業家E.H.ハンターは明治7年ハンター商会設立、建設機械、材料などの貿易を始めました。
明治14年には、大阪鉄工所を開設、その後の日立造船に発展。現在の北野町にあるハンター坂は、彼が敷地まで馬車が通 れるように、
私財で広げたとされていて、もとはこの坂の上にこの建物があったそうです。その後の所有者であった神戸華僑総会の代表・林 同春さんら
華僑の篤志家が兵庫県に寄付、王子動物園内に移築され保存されています。神戸の異人館の特長でもある木造2階建てで、
南側の2階に美しいベランダを持つ。神戸の異人館は、普通 2階に開放されたベランダを持つのですが、冬の寒さのせいか後で
窓枠をとりつけてバランスを欠くものが多いのですが、この異人館は、はじめからそう設計されていたかのように統一されていて
美しい姿です。私がとても好きな異人館で、その格子まどのデザインがすばらしいのです。」
そういえばかなり前に王子動物園に行ったとき、この異人館を見た事がありました。
明日からの神戸祭りでもう一度ハンター坂をじっくり歩き、秋のハンター邸公開の
時期には内部も見学してこようと思います。
範多商事とハンター坂、この両者はご縁があったのですね。
ハンターさんは神戸市民が今も続けている各地区毎朝の早朝六甲登山(山麓それぞれから近くの
祠まで登り、そこにあるノートに記帳して帰る)を始めた人でもあるようです。毎朝、老年の男女が
山を下った後行きつけの喫茶店に入ります。
そしてそのコーヒーのいい香りが朝の神戸の街に流れます。
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