長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『はちどり』

2020-07-05 | 映画レビュー(は)

 際限なく作られ続ける日本製青春映画の予告編を見ていると、この国の人々はよほど学生時代が楽しく、それが永遠に持続すればいいと思っているようだが、僕にはちっとも理解できない。何者でもない自分の無力さに苛立ち、絶え間なく孤独を感じたあの時期の何が良いのだろう?

 もちろん、それなりに僕も謳歌したとは思う。本作の主人公ウニのように、この時期特有のうつろいやすく、盲目的な友情や恋を経験した。苛烈な受験戦争は体験しなくて済んだが、それでも進学して上京する事はできた(本作における受験戦争の絶望は『パラサイト』の前景と言えるかも知れない)。
監督キム・ボラは81年生まれで、僕と同世代。94年の中学2年生を描く本作は他人事と思えない。家庭の不和に傷つき、不定なアイデンティティに苦しみ、それでもキッと前を見据え続ける主演パク・ジフがいい。センチメンタルにもガーリーにも流れない、ハードボイルドな“少女映画”だ。

 そんなウニの前に現れるのが塾の新任講師ヨンジ(素晴らしいキム・セビョク)だ。受験の鬼のような他の先生とは違う。常に穏やかで、そしてどこかしら寂しく、疲れて見える。ウニとヨンジの視線が交錯し、連帯が生まれる。ヨンジが歌を聞かせる場面が強烈だ。どうしてこんなにも哀しい曲を選ぶのか。思春期に気付いた生きづらさは大人になって“消える”ものではない。『はちどり』は人間普遍の孤独を描いているからこそ、胸を打つ。

 だが、これを安易に「オレの映画だ!」と言えないのは、本作が絶対的に“94年の韓国で女性であること”を描いているからだろう。日本以上に強固な家父長制度の社会において、老若問わず女性は生きづらさを抱えてきた。夜遊びをしたばかりに何時間も正座の状態で怒声を浴びせ続けられる姉。自宅を前にして立ちすくんでしまう母。そしてヨンジの抱えている孤独はおそらく彼女が異性愛者ではない事に起因していると思う。

 『パラサイト』はじめ世界水準の映画を製作しながら、これまで女性監督の名前が聞こえてこなかった韓国映画界。やはり82年生まれの主人公が女性であるがために背負わされたものを描く小説『82年生まれ、キム・ジヨン』の大ヒットはじめ、いよいよフェミニズムの風が吹き始めている。


『はちどり』18・韓国
監督 キム・ボラ
出演 パク・ジフ、キム・セビョク
 

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