ぺるちえ覚書

兎追いしかの山… 懐かしい古里の思い出や家族のこと、日々の感想を、和文と仏文で綴ります。

ブルターニュの潮風にふかれて

2020-09-18 00:28:41 | 日記/覚え書き
前回、今年の夏休みは日本への帰省をあきらめて(涙)、一か月半を賑やかに北ブルターニュの家で過ごしたお話をしました。今日はその続きです。

ブルターニュ地方はフランスの北西部にあり、北をイギリス海峡、西をケルト海と大西洋、南をビスケー湾に囲まれた、ヨーロッパの北の海にグッと突き出た形の半島です。歴史的にも長く独立を保ってきたケルト系民族の地方で、ブルターニュ独自の文化と言語を持っています。半島は大きく5つの県に分かれていて、私たちの家はその西端にあるフィニステール県の北、"Aber"(アベール)と呼ばれる美しいリアス式海岸のL'Aber-Benoît(ラベール・ブノワ)沿いにあります。Finistère(フィニステール)はフランス語で "fin de la terre"、つまり「地の果て」ということ。ここは本当にフランスの最西端で、日没もパリより20分ほど遅いです。

家から最寄りの駅はBrest(ブレスト)なのですが、ブレストは中世からの軍港の街で今でもフランス海軍の重要な基地があり、有名な水族館のある海洋学研究所があったり、ブレスト大学もある大きな街です。パリからおよそ600㎞西にあり、フランスの新幹線TGVでなら今では4時間ちょっと、車でなら6時間ほど掛かります。余談ですが、輪型に焼いたシュウ生地にヘーゼルナッツを効かせたバタークリームを挟んだお菓子「パリ・ブレスト」の名前の由来である自転車レースは、パリからブレスト往復の1200㎞のレースだそうです。

ブレストから家までは北に約25㎞、車で約30分かかります。ブレストの街を出て、一つ、二つ、三つ、町をこえ、教会のある村をこえ、畑をこえ、林をこえて、海へ、海へと北に向かって進んでゆくと、だんだんと空間が開けてきて、まるで大空と大地と海とが一つにくっついたような風景になり、まさに「地の果て」というにふさわしい、感動に似た感覚にとらわれます。パリから始めてきた友達などはよく「おおお、地の果て~」と車の中で思わずつぶやきます(笑)。

私たちの家のある小さなコミューン(地方自治体)は元海軍関係の家族が多く、その多くが4世代5世代前からここに家を持っているそうです。彼らの曾お祖父さん、曾お祖母さん達がブレストから出て週末を過ごすために、ここに家を建てたのが始まりとのこと。彼らのほとんどがヨットを持っていて、コミューンのヨット・クラブがひとつのソサエティーになっています。ここではヨットが生活文化の一部になっていて、特に皆が集まる夏にはヨット・クラブの主催する数々のイベントが伝統となっています。例えば、毎金曜の18時はRégate(レガット)と呼ばれるヨット・レースのスタート時間(参加は任意です)。その年に選ばれた会員家族が企画運営する「チャレンジ」と呼ばれる、ヨットで移動する家族参加の謎解き競争、などなど。「チャレンジ」は毎回、企画者からテーマが与えられ、それに沿った仮装をして参加(笑)。レースの中でチームごとにテーマに沿った絵画作品も制作して、レース終了後にはヨット・クラブでそれらをオークションにかけて、集まったお金を海軍孤児の基金に寄付します。

もともと夫が「どうしても」ブルターニュに家を持ちたかった理由が実はヨット。夫も子供のころから家族でヨットをやっていて、両親の持っていたヨットを義理兄と二人で譲り受けて続けていたのですが、ヨットは両親の持っていた南ブルターニュの家をもう一人の兄と譲り受けた義理兄の所にずっと置いてあったので、いつかは自分もブルターニュに家を持ち、そこでヨットをやりたい!と思っていたのですね。

しかし、南のモルビアン県から北ブルターニュまで何日もかけて海路ヨットを持ってくるだけでもひと仕事。義理兄と「2年ごと」と取り決めて何年かは続けていたのですが、数年前に少し早すぎる季節に友人2名とモルビアンから海路に出た夫は途中で嵐にあい、危うく難破しそうになって…(涙) そもそもこのヨットは70年代に作られたプラスチック製のアルページュという型で良い船なのですが、リアス式海岸で遠浅のこちらの海には大きすぎて合わず、こちらで皆が持っているようなもっと小型のヨットが欲しいね、それもできればCotre(コートル)がいいね、と。

コミューンには家族経営の小さな造船所があって、そこの職人技で作られる木製のCotre(コートル)と呼ばれる小型の帆船を、古くからここにいる一族はみな持っています。でも、お金を出して注文すれば誰でも作ってもらえると言うものではなく(汗)、また注文を受けてもらえても数十年待ちとのことなのです。夫は諦めて小型で乗りやすければ何でもと、インターネットで手の出しやすい中古物件などを探し始めたのですが…。

ここでは、よい風が吹いているお天気の日など「ちょっと散歩をしてくる」という感じで、熟年のマダムがひとり颯爽と陽よけ帽と救命ベストを身に着けて、シンプルで美しい木製のコートルに乗り込み、白や臙脂の帆に潮風を腹ませてヨットを出します。そんなコートルがコバルトブルーの波間を悠々と進んでゆく姿は実に優雅で、ブルターニュならではの風情があって素敵です。

去年の春、夫はインターネットで見つけた中古の小さな "Caravelle"(カラヴェル)という型のヨットを買いかけていたのですが、私はどうも気が乗らず「待った!」を。そして8月にいつものようにブルターニュの家に行ったのですが、なんと、コミューンの友人が「自分のコートルを信頼できる人に売りたい、と言う知人がいるのだが、一緒に買わないか?」という話を持って来てくれたのです。これには私もひとつ返事で「OK」を出しました! 売り手は友人が家族同様に付き合っているコミューンの旧家の娘さんで、彼女のコートルは亡くなったお父さんが作らせたものだそうです。彼女の嫁ぎ先もブルターニュの人で、そちらでもヨットを数艘持っていて、もう手が回らなくなってしまったとのこと。でも、思い出のいっぱい詰まったお父さんのコートルなので、コミューンに家のある信頼できる人に譲りたいと言う話だったのです。

コートルを譲り受けて初めての夏。遊びに来てくれた息子の同級生たちも長男もコートルで海の散歩を楽しみ、夫は金曜のレガットにも参加(いつもビリッケツ~ 笑)。8月15日の聖母マリア昇天祭には元の持ち主を誘ってコートルで海上のおミサにも参列。ご近所さんたちとの海上ピクニックにも参加して、例年にも増して潮風を満喫した夏でした。



素晴らしいご縁に感謝です。
残暑厳しい折、皆さま、どうぞご自愛ください。














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