あられの日記

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満濃池見物

2022年06月29日 06時35分07秒 | 香川の公園
国営讃岐まんのう公園を訪問したのは2回目です。初回は去年の秋、真っ赤に紅葉するコキアを目当てにきました。その時うっかり「満濃池」を見物するのを忘れてしまい、後悔したので今回はぜひ園内から満濃池を見たいと思ってました。
が、いまいちどこをどう行けば満濃池が見えるのか分からない〜。助けて公園のスタッフさん。ってなことでスタッフさんを探したらば、アジサイ苑のバス停で発見。
私「すみません〜」
スタッフ「そこはダメよ。サイクリングロードだから戻って!」とアジサイ苑では2回目のダメ出し。何気にむっかりしたけれど。無事に満濃池が遠望出来る展望台への行き方を教えていただけて満足です。
園内で小さな橋を2つ渡る。上の画像は西口料金所への道。公園を訪れたらばまずはここを通ります。
橋の上を移動してるので、視線が高い。普段は見れない雑木の花が目の前で観察できました。
そしてトップ画像の満濃池の展望台に到着。
記憶を辿るに、小学校の遠足で満濃池に来たことあった。けどその頃にはまだまんのう公園はありませんでした。
説明板発見:地域の風土と満濃池
眼下に広がる満濃池は、灌漑用ため池としては、日本最大級の規模を誇ります。
満濃池の歴史は古く、今昔物語集(平安時代後期)にも「池の周りは広く、海と見えるほどである」と記されています。
地域の風土
瀬戸内式気候で雨の少ない香川県は、昔から、灌漑用水の不足に悩まされ、約1万5千ものため池が築かれています。この一葉、兵庫県、広島県についで第3位で、県土の面積に対する密度では日本一です。
満濃池の歴史
大宝年間(701ー704)に、讃岐の国守(お役人)、道守朝臣が作りました。
平安時代には壊れていた堤を弘法大師空海が修築しました。
その後も、洪水や大地震による決壊がたびたびおこり、再築・改修のため、多くの人手とお金を費やし、現在の規模となったのは、昭和34年(1959年)です。
現在の満濃池
満水面積:約140ヘクタール。総貯水量:約1540万㎥に及び、満水面積は甲子園球場(約4ヘクタール)の約35倍になります。

あれ?弘法大師が作ったとばっかり思ってました。記憶っていい加減だなあ。
さてと、展望台は遊歩道に繋がってまして、園内から満濃池の縁に沿って雑木林を見下ろしながら歩けます。
となると、またまた普段は見られない雑木林の花が観察出来る。

コレはわかる。栗のイガができたばっかりね。
遊歩道にはベンチがありまして。せっかくなので満濃池を遠望しつつ早めのお昼ご飯です。
よく見れば、あの木もこの木も花盛りですね。もうちょい綺麗な花なら見物の需要があるだろうに。ベンチでゆったり。野鳥のさえずりを楽しめました。
さて出発。
コレは栗の花だと思う。まだ房が残ってた。
目の前をバッタが横切る。早くも羽が生え揃ってます。もう夏ですね。
ゴール。芝生広場に戻ってきた。芝生というよりシロツメグサ畑です。
ここはフォトジェニックなポイントです。前回も綺麗な花が咲いてました。
満足したのでもう帰ろう。
けどまっすぐ帰宅するのはもったいないので、二宮忠八飛行館へ立ち寄ります。二宮忠八はあのライト兄弟より先飛行機を発明してたのですが、上司の許可が出ずに自分で資金を調達してる間にライト兄弟に先を越されてしまったのよね。(続く)

出口の案内所付近で、ダンナがトイレに行ってくるというので、待ってる間にアンケート用紙に記入しました。と?花の種をいただけました。数種類からセレクト。私は10月植えのかすみ草をチョイス。思考がすっかり仏花に使えるか?どうか?になっちゃいました。
それと、ちょっと古い種ですが、よかったらば。といただいたのがひまわりの種です。
確か翌日には種をポット植えしたのですが、まだ芽が出ない。四国香川でも昨日梅雨明けしたらしい。暑すぎるんじゃなかろうか?もう花を見る気満々で植える場所も用意済みなので、早く芽が出て欲しいな。

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