月の晩にひらく「アンデルの手帖」

writer みつながかずみ が綴る、今日をもう一度愉しむショートショート!「きょうという奇蹟で一年はできている」

この頃のnote事情

2021-12-15 13:11:00 | コロナ禍日記 2021

7月9日(木曜日)晴れ

 





写真は、たねやの水羊羹とペニンシュラ香港のハイグロウンティー

ザ・ペニンシュラの150周年を記念して、ペニンシュラクラッシックティーアンバサダーのバートラ・バジョリア氏が監修をした限定ブランド。西ベンガル州の夏摘みのダージリンと、まろやかで力強いモルティ(麦芽のような)フレーバーのアッサムを合わせた、華やかな香りとミディアムボディの味わい。(説明書より)



今週は某社のパンフレットの原稿を書いている。

最近、長い原稿ばかりを書いているのでどうもコピーの言葉になれず、じたばたし、いらいらして、苦しかった。翌日から急に、資料をみていたら、書くべき要素が降ってきて、その振ってきたものにぶつけるように、バシバシと思いのたけをこめてパソコンを叩いたら、あっという間に仕上がった。

(といっても3日間かかっていた)

 

いま、デザインの仕上がりとコピーのチェックを、何往復もさせている状態だ。

 

目先の課題に終始していたら、やろうと思っていたことができない不甲斐なさで、息できないところまで来ていた。一日のうちに、4つの課題を、時間軸で区切っていこうとしたのに、一番、時間をかけてやりたかったことが、一番あとまわし、とは。

 

腹威勢といってはなんだが、noteというソーシャルメディアのプラットフォームに、エッセイやプロフールを綴りはじめてみる。ふつうの仕事であるなら、提出先のディレクターなり、編集者なり、クライアントの担当者なりの目をとおって、印刷される。が、ソーシャルメディアは、すべて自己責任である。これは怖い!

まあ、ここも同じではあるけれど。そんな読む人も多くはないだろうと思うから自然に書ける。noteは、ほぼ書くこと、描くこと、語ること、なんらか普段、発信している人たちが、書き手であり、読み手。そういう意味で刺激的でもあり、少し作り込んでいく必要がある(構築する必要がある)ソーシャルメディアだ。自意識過剰なわたしは……消しては復元し、写真をいれてみたり、取ってみたりと。自分でいうのもなんだけれど、思いの丈が大きいなら、暑苦しいものになっていっていくのが、わかる。叙情に走りすぎてしまえば、読み手からすれば、しらっとなると思うし、安易ではない。何事も凝り性のわたしは、うまく着地(自分にオッケーがでない)できず、考え込んで。時間ばかり浪費してしまうのであった。この最中にあって、君はなにをしているのだ。問いかけて風呂に入り読書を数ページし、一日が終わっていた。

 



最新の画像もっと見る

コメントを投稿