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『美しい星』

2023-01-20 00:22:30 | 読書。
読書。
『美しい星』 三島由紀夫
を読んだ。

三島由紀夫が37歳の時に書き上げたSF的純文学作品。近年、現代版にアレンジされて映画化されてもいます。

東西冷戦の60年代。ソ連による大気圏での核実験で放射性物質が日本にも舞い降りる時代。自分たち家族4人が自分たちの本来の属性は宇宙人だと気が付くのでした。父・大杉重一郎は火星人、母・伊代子は木星人、長男・一雄は水星人、長女・曉子は金星人。それぞれ、空飛ぶ円盤を見ることで覚醒するのです。重一郎はこの核の脅威によって人類が滅びてしまうことを、宇宙人として救おうとし、ソ連の書記長・フルシチョフに宛てた手紙を送付するなどの行動を起こし始めます。中盤からは、重一郎たちと対立する三人の、これまた空飛ぶ円盤との邂逅によって自分たちが宇宙人であることに目覚めた(あるいは思いだした)のですが、彼らの登場によって、一気に思想色が濃くなります。

泰然としてつよく自信をもっている書きっぷりのように感じました。そして出だしからとても「シュール」なのでした。まるで漫画家・和田ラヂヲ先生が繰り広げる世界のようです。茶化すことも、ふざけることも、笑いを取ることもなく、一家の奇妙な精神性がそのままに反映された日常が描かれます。そういった「シュール」な表現というかあり方があまりに巧み(というか、迷いのなさがあって)ですごいんです、ナンセンスな「シュール」さが大好物の僕にとってはたまらない快感を得るくらいに。とても心地の良い笑いが生じてくる。

なんというか、もはや「天然」の領域に立っているのかというくらいの出来映えなのです。三島由紀夫って、鋭さと繊細さと力強さを兼ね備えた才能だけじゃなくて「天然」も色濃く持ち合わせていて、両方が分かちがたく結びついている作家なのではないか、という考えが浮かんでくるほどなのでした。

「シュール」さでいえば、でも、とくに後半にはいってから、「真剣」さがど真ん中に打ち出されてきます。思想や哲学の部分でです。そこがこの作品の二面性になっているかといえば実はそうでもないとも言えて、大体、「シュール」な感覚というものは、「真剣」に「ナンセンス」をやることだったりするだろうものなので、やはり、両者は地続きなのだろうと思えもするのでした。

全10章のなかで、第9章の読みごたえに特に満足と興奮をおぼえました。主人公側は人類を救おうとし、悪役側は滅ぼすことこそが救いだとする。その対決の場面です。この作品はわかりやすい悪役の三人が出てきたところでこれまたわかりやすく対立が生まれたのだけれど、その対立と衝突の肉付けが最高なんです。この論争の部分は作者・三島由紀夫が血みどろになりながら、自分同士で戦っている場面なのかもしれません。重一郎と羽黒という対立する二人が論争していきますが、この論争劇って作者としては弁証法的に厚みを重ねていったのではないでしょうか。登場人物の二人が協力する場面はないのだけれど、弁証法的に得た知見を二人に割りふって論争のシーンとして作り上げた、というように僕には考えられるのでした。

部分部分では文章が冴えていますし、ストーリーのほうでは余分なたるみもないように読み受けました。くわえて構成も話の深みも、ラストの落とし方も、意気盛んかつ手練れである作家だからこそ作り上げることができたものなのだと思います。

当代一流の才能の熱と光にあふれています。毒気として受け止めるか、学びとして糧とするか、はたまた触発されるものとするか。読み手によって感じ方は異なるでしょうけれども、かなりの強い力を宿した佳作なのではないでしょうか。また別の三島作品に触れたくなりました。

最後に引用を。
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人間の政治、いつも未来を女の太腿のように猥褻にちらつかせ、夢や希望や『よりよいもの』への餌を、馬の鼻面に人参をぶらさげるやり方でぶらさげておき、未来の暗黒へ向って鞭打ちながら、自分は現在の薄明の中に止まろうとするあの政治、……あれをしばらく陶酔のうちに静止させなくてはならん。(p287)
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慧眼ですよね。いつの時代も政治ってこうなんだなあ、と気づかされます。

また、引用はしませんが、p290では人間の中の虚無についてのとらえ方がすばらしい。人間の中の虚無こそが、支配を逃れる希望というコペルニクス的転回で論じてくるのです。電車のなかでふと虚空を眺める人などの、その瞬間は社会的支配を逃れているわけで、そこに突破口を見出しているなんて、すごい眼力をしていますよね。


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