おやままさおの部屋

阿蘇の大自然の中でゆっくりのんびりセカンドライフ

お久しぶりです

2016年05月20日 09時39分49秒 | 日記

大震災からひと月。

普通ならば余震は時間の経過とともに落ち着いていく。

しかし、この「熊本大震災」すべてが型破りで、ベンドで療養しているとまず隣室とのドア引き戸がかすかに

「カタカタ・・・」と振動を伝え、これが少しずつ大きくなっていく。あの時にはこの後で強烈な地震の揺れが訪れた。

我が家のベッドルームのドアーは何にも増して地震予報になっている。

裏山(南外輪山)の姿が雨と揺れで崩れ、姿を変えていくのがなんともの言えない「無力感」を醸成する。

真の前の中央火口丘の一つ「夜峰山」は土石流で2人の尊い命を奪った。

土石流というが密かに山そのものが崩れるのでは(山体崩壊)・・・こういう心配もしている。

朝古文書で大変お世話になっているHさんから電話をもらった。「まず大丈夫ですか?」

研究会を役場庁舎の一部屋を借りて行うことになっているのだが、その場所が危険である旨の烙印が押されて。

休会になって1か月、地震はとんでもない被害をもたらし、Hさんもあの崩壊した阿蘇大橋のある立野村でもう

住めなくなっているー寂しそうな声で伝えた。

多くの犠牲者がいて、いまでも避難所生活を余儀なくされている村民の皆さんことを思うと、趣味で始めた古文書の

存続が道義的許されるものか私個人としては当分の間は遠慮すべきことだと思っている。Hさんにもそう伝えた。

久しぶりの読書録。溜まりすぎて一冊一冊じっくりと批評感想が書けない。あくまで失礼だがざっくりとー

縄田一男編 「市井稼業小説傑作集 江戸なごり雨」

南條範夫「華麗なる割腹」           時代小説最前線 「人情の往来」(新潮社)これはアンソロジーだが最高!!

小松重男「秘伝 陰の御庭番」         和久田正明「黒衣忍び人」

北川哲史 「江戸城某重大事件」        荒崎一海「寒影」

澤田ふじ子「遠い蛍」             時代小説(新潮文庫)「㊂」

中里融司 「悲願の硝煙」           山本一力 「大川わたり」

平岩弓枝「侍たちの歳月」           津本陽 「烈刃の刻」

半村良 「江戸討ち入り」

読書も体調に大きく影響を受けるものだ。


お久しぶりです

2016年05月20日 09時39分49秒 | 日記

大震災からひと月。

普通ならば余震は時間の経過とともに落ち着いていく。

しかし、この「熊本大震災」すべてが型破りで、ベンドで療養しているとまず隣室とのドア引き戸がかすかに

「カタカタ・・・」と振動を伝え、これが少しずつ大きくなっていく。あの時にはこの後で強烈な地震の揺れが訪れた。

我が家のベッドルームのドアーは何にも増して地震予報になっている。

裏山(南外輪山)の姿が雨と揺れで崩れ、姿を変えていくのがなんともの言えない「無力感」を醸成する。

真の前の中央火口丘の一つ「夜峰山」は土石流で2人の尊い命を奪った。

土石流というが密かに山そのものが崩れるのでは(山体崩壊)・・・こういう心配もしている。

朝古文書で大変お世話になっているHさんから電話をもらった。「まず大丈夫ですか?」

研究会を役場庁舎の一部屋を借りて行うことになっているのだが、その場所が危険である旨の烙印が押されて。

休会になって1か月、地震はとんでもない被害をもたらし、Hさんもあの崩壊した阿蘇大橋のある立野村でもう

住めなくなっているー寂しそうな声で伝えた。

多くの犠牲者がいて、いまでも避難所生活を余儀なくされている村民の皆さんことを思うと、趣味で始めた古文書の

存続が道義的許されるものか私個人としては当分の間は遠慮すべきことだと思っている。Hさんにもそう伝えた。

久しぶりの読書録。溜まりすぎて一冊一冊じっくりと批評感想が書けない。あくまで失礼だがざっくりとー

縄田一男編 「市井稼業小説傑作集 江戸なごり雨」

南條範夫「華麗なる割腹」           時代小説最前線 「人情の往来」(新潮社)これはアンソロジーだが最高!!

小松重男「秘伝 陰の御庭番」         和久田正明「黒衣忍び人」

北川哲史 「江戸城某重大事件」        荒崎一海「寒影」

澤田ふじ子「遠い蛍」             時代小説(新潮文庫)「㊂」

中里融司 「悲願の硝煙」           山本一力 「大川わたり」

平岩弓枝「侍たちの歳月」           津本陽 「烈刃の刻」

半村良 「江戸討ち入り」

読書も体調に大きく影響を受けるものだ。


今日退院することができました

2016年05月04日 17時12分22秒 | 日記

壊れる前の南阿蘇この山並みの向こう

が西原、益城と続く。

 

やっと南阿蘇に帰ってくることができました。

どんなに傷ついていてもやっぱり住んでいる村が一番。

人間ってこれほど弱い存在だということを考えさせられたことはない。

自然と人間との関係性。そして病を得て苦しんでいる自分の姿に生物としての存在の儚さを痛感させられる。

科学的先進的医療を売りにする大学病院から一歩帰宅への道を辿っている時、不安だった痛みの急襲はなかった!!

何だろう?病院を一歩外に出て家に近づいてくるにしたがって体が元気になっていく。

景色、空気、匂い・・・体が不思議に反応する。意識の外側のことだ。

いっぱい励ましを受けた。震災と病気、近代科学の医療に支えられながらやはり「病は気から」、素朴な情に励まさ

れエネルギーを得る。

病室で隣り合わせた人と抱き合わんばかりに硬い握手をして別れてきた。同病相憐れむ。

気持ちで負けたらだめだ。明日に希望をもって、生き続けていく。また新たな治療法が始まった。

阿蘇の地形が自然の力(自己修復力)によって少しずつ少しずつ元に戻っていく。

私も併せて体の回復を目指して頑張っていく。決して希望を捨てないぞ!!

 


全国から支援物資が届いています。

2016年04月22日 11時11分12秒 | 社会

             

 

涙が出る。今日もこれから指定場所へ支援物資を受け取りに出かけます。

これは二回目。

歯磨き粉や電池、ウェットティッシュなど今必要なものもたくさんあり感激します。

昨日は「南阿蘇総合センター」という避難所で泊まりました。

7~80人ほどしか収容するできない小さな施設。

木製の床にブルーシートを張り、その上に敷き布団代わりの毛布を敷き、掛け毛布を2枚。

昨日は大変な雨と風で、そして余震の揺れー最悪の環境をじっと耐え忍んだ。

泊まりこんでいる人々は今行方不明者救出が行われている地域の方々が多く、裏山の「夜峰山」麓に

住んでいる人たちが多い。優しい姿形=山容の夜峰が崩れるかもしれないという不安を抱え表情がどことなく暗い。

そして子供たちの中には異様に高揚している子もいた。ストレスが高まっているのだろう。

便所が断水で流れない。屋外の簡易トイレを使用したが、ガタイの大きい私は入ると狭くて・・・😢

この南阿蘇村、阿蘇町、高森町はカルデラの中にある。周囲が外輪山に囲まれている。

このカルデラの中に水が溜まっていた頃、円周の一角を山の神が蹴とばして水を外側に流した。

ここが瀬田=立野。そしてここに阿蘇大橋が掛かっていた。十年前まではこの橋一本が外と繋ぐ唯一ルートだった。

これが地震で落ちたのだ!!!!!そして10年前南阿蘇トンネルと俵山トンネルが開通したことで南郷谷

はとても便利になったのだが(熊本市内へも1時間で行ける)、これで厳しい社会的条件を抱えることになった。

日曜日には大学病院に入院することになっているのだ、そのルートも心配している。


ダメ押しって言葉がある

2016年04月20日 21時36分51秒 | 社会

 

4月14日9時26分に「熊本大地震」が襲った。

この桁違いのゆれの激しさに驚いていたその直後16日深夜1時半頃。

すでにベッドで眠っていた。

ところがその眠りを破る激震(=震度が6強あったという)が襲来。

ここは活断層が阿蘇から南阿蘇そして西原村へと走っている。

ここでマグニチュード7.3、震度6強。

これでもかこれでもかという地震が続く。

その日は夜が明けて周囲を見渡すと景色に異変が生じていた。

裏山の受験生にパワースポットと知られている「免の石」(巨大な岩場に挟まれた岩石が決して落ちない!!)の石が落ちていた。

その晩「炊き出し」をしていた人でここを観光開発した地元に方に聞くと「今度は落語家、お笑い芸人を招致しようと思っている」

と言っていた。そうか必ず「落ちる!!!」

別の修験の行場らしい山の頂上付近の岩場がすっぽりと無くなっている。

その晩は怖くて避難所に行き、難を避けた。

最初は豪雨の中、「あそ望の郷(さと)」駐車場に車を停めて車中泊。ヴィッツを後ろを平たくして眠ろうとしたが

きつくなり避難所に移動した。この車中泊で体調を崩してしまった。翌日、家に帰ると2回嘔吐。

吐くとエネルギーを奪われる。

それで大回りをして阿蘇の「阿蘇医療センター」に直行。治療を受ける。

家に今いるのだが、余震?(いつ「本震」が来るかわからない)の多さに辟易している。

あーあもう自然の強さには脱帽した。畏敬の念を持ち続けるので許してほしい。