後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

「日本の美しい風景(2)日本三景の天橋立と伊根の舟屋」

2022年05月20日 | 日記・エッセイ・コラム
天橋立(あまのはしだて)は京都府宮津市の宮津湾と内海の阿蘇海の間を南北4KMにも伸びている細長い砂州です。砂州の上には松の木がえんえんと生えていて見事な景観を作っています。私は1991年頃に3度訪れました。まず南の高台に登り天橋立の全体の美しい風景を楽しみます。それから下におりて松の木が生えて砂州をゆっくり歩きます。時々砂州の先の海に出て手を透き通った海水で洗います。そんな楽しかった散歩を思い出しながら天橋立の写真をお送り致します。

1番目の写真は南の高台からの天橋立の全体の美しい風景です。写真は「天橋立」を検索して、出て来た写真から選びました。

2番目の写真は同じ風景ですが松の木の緑を明るく撮った写真です。こういう風にも見えるのです。家内は体を曲げ両脚の間から景色、天に登る龍のような景観を楽しんでいました。

3番目の写真は砂州の先の海が夏には海水浴場になっている風景です。私が歩いた時は夏でなかったので誰もいない静かな海でした。
天橋立の松並木は雪舟筆『天橋立図』に描かれています。
現在、天橋立には5,000本から8,000本の松が生えているそうです。
松林が維持されたのは伐採の制限があったことです。この地区には籠神社や真名井神社などがあり、天橋立の松林は神聖な場所として扱われていたそうです。
さて次は「伊根の舟屋」の美しい風景をご紹介したいと思います。天の橋立はこの伊根のすぐそばです。
伊根の舟屋は京都府の日本海側の与謝郡、伊根町の海沿い立ち並ぶ家です。1階にある舟の収納場所の上の2階に人が住んでいます。これは独特な伝統的建造物です。
舟屋は江戸時代中期頃から作られ ました。現在、240軒ほどあります。この地区は「伊根町伊根浦伝統的建造物群保存地区」として国の重要伝統的建造物群保存地区になっています。
この舟屋の多くは民宿をしています。民宿では舟屋の2階がお客の寝室になっているのです。
私が泊った時には夕食に生け簀に泳いでいた地魚の塩焼きが出ました。ゆっくり地元の辛口の酒を楽しみました。もう30余年も前の旅の思い出です。
その風景写真をお送りします。出典は、https://reki4.com/00201.html です。

4番目の写真は伊根湾の東側から見た伊根の舟屋の遠景です。

5番目の写真は舟屋の近景で1階が舟の収納庫になっています。2階は宿泊客の部屋です。そこで海を眺めながら食事をし寝ます。

6番目の写真は漁船が大型化して1階の収納庫に入らなくなった様子を示します。大きな漁船が舟屋の前に舫ってあります。あまり良い光景ではありませんが私は仕方がないと諦めました。これも時代の変化です。

7番目の写真は伊根湾の夕日です。日本海にゆっくり沈んで行きます。

ここ伊根という地名は建久2年(1191年)に「長講堂所領注文」という史料に初めて出てきます。鎌倉時代末期には集落が形成されていたようです。
はじめは湾内だけの漁業だったようですが江戸時代以降は湾外へと舟が出て行きました。
江戸時代末期には短冊型の地割りが見られ現在の舟屋群の基礎が確立しています。
それにしても何故か旧懐の情をかき立てる風景です。

今日は私の天橋立の風景写真と伊根の舟屋の写真をお送りいたしました。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈りいたします。後藤和弘(藤山杜人)

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