透水の 『俳句ワールド』

★古今の俳句の世界を楽しむ。
ネット句会も開催してます。お問合せ
acenet@cap.ocn.ne.jp

芭蕉を移す詞(元禄5年8月)

2020年11月04日 | 俳句・短歌・評論・俳句誌・俳句の歴史

「芭蕉翁絵詞伝」(義仲寺所蔵)

芭蕉を移す詞           芭蕉
 菊は東雛に栄え、竹は北窓の君となる。牡丹は紅白の是非にありて、世塵にけがさる。荷葉は平地に立たず、水清からざれば花咲かず。いづれの年にや、住みかをこの境に移す時、芭蕉一本を植う。風土芭蕉の心にやかなひけむ、数株の茎を備へ、その葉茂り重なりて庭を狭め、萱が軒端も隠るるばかりなり。人呼びて草庵の名とす。旧友・門人、共に愛して、芽をかき根をわかちて、ところどころに送ること、年々になむなりぬ。一年、みちのく行脚思ひ立ちて、芭蕉庵すでに破れむとすれば、かれは籬の隣に地を替へて、あたり近き人々に、霜のおほひ、風のかこひなど、かへすがへす頼み置きて、はかなき筆のすさびにも書き残し、「松はひとりになりぬべきにや」と、遠き旅寝の胸にたたまり、人々の別れ、芭蕉の名残、ひとかたならぬ侘しさも、つひに五年の春秋を過ぐして、再び芭蕉に涙をそそぐ。今年五月の半ば、花橘のにほひもさすがに遠からざれば、人々の契りも昔に変らず。なほ、このあたり得立ち去らで、旧き庵もやや近う、三間の茅屋つきづきしう、杉の柱いと清げに削りなし、竹の枝折戸やすらかに、葭垣厚くしわたして、南に向ひ池に臨みて、水楼となす。地は富士に対して、柴門景を追うて斜めなり。淅江の潮、三股の淀にたたへて、月を見るたよりよろしければ、初月の夕べより、雲をいとひ雨を苦しむ。名月のよそほひにとて、まづ芭蕉を移す。その葉七尺あまり、あるいは半ば吹き折れて鳳鳥尾を痛ましめ、青扇破れて風を悲しむ。たまたま花咲けども、はなやかならず。茎太けれども、斧にあたらず。かの山中不材の類木にたぐへて、その性たふとし。僧懐素はこれに筆を走らしめ、張横渠は新葉を見て修学の力とせしなり。予その二つをとらず。ただその陰に遊びて、風雨に破れやすきを愛するのみ。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿