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『独去独来』『全ての人は秋の木枯らしの吹く寂しい荒野を一人で旅する旅人である』(お釈迦様)

浄土真宗=親鸞聖人お教え=仏教=真の宗教=絶対の幸福に成れる唯一の方法=人生の目的

2024年03月30日 | 仏教・親鸞聖人

 浄土真宗=親鸞聖人お教え=仏教=真の宗教=絶対の幸福に成れる唯一の方法=人生の目的

 何時の時代も真実の宗教は少数派である事は歴史が証明しています。インド→中国→日本と伝来して来た2600年間繰り返されている事実です。この事実はお釈迦様が教えの中でも確り教えられている事です。日本ではこの真の宗教を蓮如上人が日本中に仏教を広められた事で現在の日本社会が世界から注目を集めているのです。

 お釈迦様は人の心を全て見抜いてこの地球上に生まれられた、ただ一人の仏さまです。宇宙の道理を教えられたのであり如何にしてこの不憫な全ての人間を絶対の幸福者にするかの方法を教えられたのです。地球上の聖人の第一人者です。不可思議不可称不可説な事を言葉でそれぞれの全ての人に、たとえ話で教えられた物語です。その説法を聞いた人が私はこのように聴いたと言う事を無数の残された文章の中からインドの學者が数千冊を選んだのが今日の一切経と言う書物です、これをお経と言うのです。従ってお経は中国で漢字に訳されて日本に伝わったもので有り、多くは人間の実相等を語られたものです。お経と言うと難しい訳のわからないものだと思い込んでいる人が多いのですが内容は簡単な例え話の連続です、観無量寿経の韋提希夫人は私たち自身の事です、比喩経のお説法も全ての人間の姿をよく表している素晴らしいものです。これらのお経をすべて自分の事であるとして聞くことが出来なければ自分が如何に悪い心の持ち主である事にも気づかないで六道輪廻の輪から抜け出せないのです。六道輪廻の輪から抜け出せるのは人間に生まれた時だけです。人間に生まれ日本人に生まれる事は非常に希少な事なのです。

 桜嵐坊の仏教教室(YouTube)では西本願寺の僧侶阿倍信機氏が同じ西本願寺の僧侶の桜嵐坊の間違いを糺して居られるのに全く気付かないでご自分の主張と解説に余念がありません、『南無阿弥陀仏を称える事で救われる』と言う間違った仏教を広めておられるのには、あきれ果てる動画説法を見て益々日本から仏教が衰退すのは必然であると心配になりました。桜嵐坊さんは長年親鸞会の講師をやっておられたと聞きますが今では親鸞会を仇敵の様にしておられますが、お経にある例え話を軽んずる態度や同業の親鸞会と正面から公開で議論される事を強く私は提案します。仏教論争から逃げないでください。論争されれば東本願寺の聖典に基づいて親鸞会の面々に負けることでしょう、真正面から仏教論争を期待します。今後の真の仏教の繁栄の為に是非勇気を出して挑戦してください(YouTube)でお会いできることを楽しみにしています。

 仏教はお釈迦様が対面で人それぞれの立場に立ってお説法された記録で有り、地球上で生まれられた、ただ一人の仏様です。私は親鸞会の会員になった事はありません、お説法は数百回以上高森先生のビデオの時代から聞いて居ります。桜嵐坊様のおっしゃる信心の一念を高森先生が信心の時の日時がはっきりとすると言う事は例え話であり現実ではありません、例えとしては最悪と私も考えます、何故なら一念とは時刻のごく即で人間には感じ取れない速さで、絶対に人の言葉では表せない事ですから。

 西本願寺も東本願寺も称名念仏で救われると言う事は、親鸞聖人の教えではない事は、はっきりしている事ですから、この自力の念仏を捨てて他力の報恩感謝の念仏が称えられるようになるまで聞法に励み本願に救われこの世で極楽に行ける絶対の幸福の身に一日も早くなりましょう。         合掌

 

 

 


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