葉月の季まぐれノート 花と木と…時々五七五

日々の思いを気まぐれ、季まぐれに綴る。時々自己満俳句やります。

30年前のエレクトーン

2021年11月29日 | 日記






久し演奏 ダウンジャケットの母









伴奏は 子の指に添え 冬の夜











甦る エレクトーンの音 冬銀河





小学校の六年間、正しくは五年半。娘(孫たちの母親)はエレクトーンを習っていた。
当時は、ちょっとしたエレクトーンブーム。
ピアノよりエレクトーン、特に女の子はそちらが多かったと記憶している。
ピアノにはグレードでは劣るが、二段の鍵盤、足元のペダルも沢山あったり、さまざまな伴奏もしてくれる。
工夫や練習次第で、流行りの曲が自在に弾ける、という魅力があったのだろう。
我が娘も、友だちに影響され、エレクトーンの方が絶対良い!と習い始めた。
小三の四月に、父親の転勤で大分へ転校する事になったが、そこでは都合の良い教室がなく、やむ無く、先生が家に訪れての個人レッスンとなる。
若い可愛らしい先生と、相性は良かったようだ。
初めての発表会では、先生が舞台裏で、出番までしっかりと手を握っていてくれた。だからあまり緊張しないで出来たよ。と嬉しそうに後日談をしたのを今でも覚えている。

小学校卒業とともに辞めてしまったが、そしてほぼ忘れ去られたようなエレクトーン。
福岡に戻り、いつか又弾く時が来るかもね、といいながら、新居の誰も使わない部屋に置き去り。
そして、数年前、夫がその部屋を我が書斎にすると、模様替えした時、隣の部屋、今孫たちがほぼ一日遊ぶ、フローリングの部屋の片隅に、ポツンと置かれた。
孫娘がたまに弾いてはみるものの、伴奏など、さまざまな装置が使えない。勿論私は、全くわからない。
いつしか埃などもあまり拭き取ることもしなくなり、カバーも外しっぱなし。可哀想だが処分を考えていた。

それが、今夜なぜだが急に、帰宅した娘が子どもたちを呼び、弾きだしたのだ。
電源を入れ、何やらあちこちのボタンを押し、リズムを選ぶ。
これだけは、忘れないんだ、と一曲弾く。(悲しいかな、タイトル分からず(泣))
子ども二人も弾ける、猫踏んじゃったを、三人で。(笑)
いろんなリズムを選び、それぞれ楽しむ。
母娘のこんな無邪気で楽しそうな様子を見るのは、久しぶりだった。

娘が遠い日の、小学生の顔に見えた。
まだ可愛らしい小学生だった頃の。
あの時代が蘇る。すると、あの頃の母や伯母の笑顔もオーバーラップして…。
夏休みやゴールデンウィークに帰省した時の、あの笑顔がふと。 

ひととき、母娘ではしゃぎ、三人で帰宅して行った。
月の出は真夜中だろう。星が瞬く寒い夜。でも久しぶりに聴くエレクトーンの音色。娘、孫の楽しそうな笑顔が心を温かくしてくれた。

やはりエレクトーンはまだこのままここに。
少し綺麗に拭きあげなくちゃ可哀想。ペダルも忘れずに。(笑)






コメント (2)    この記事についてブログを書く
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2 コメント

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Unknown (satochin)
2021-11-30 07:39:33
おはようございます!
ポチ行脚中です。

家族って・・・
いいですね(^.^)

親には悪い事をしたかなと・・・
亡くなった母の誕生日にいろいろ思いが、
巡ります。
Unknown (Unknown)
2021-11-30 09:21:51
satochinさん、おはようございます。
コメントありがとうございます。

satochinさんのお母様は、随分早く
亡くなったのでしたね。
母を亡くした子ども達、特に最期を
看取った家族はいつまでも悔いは何かと
残るもの。お母様を大事に思うsatochin
さんもきっとそんな気持ちなのでしょうね。
遠くに居た娘の私もやはり同じです。
ああすれば良かった、とかあんな事言うん
じゃなかった…。苦しいですよね。
でも、天国のお母様はきっとそんな事
思っていません。我が子の幸せだけを
念じていますよ。
satochinさんが、奥さまを大切にするのを
喜んでいらっしゃる。
私は、いつもsatochinさんの「妻いのち」を
微笑ましくも羨ましく思って拝読してます。✨

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