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オオバン|光のスキルアップに...

2024年02月10日 | 野鳥・鳥類
大判小判がザっクザク...ではなくて、 大鷭。
冬の水面にいる鳥で数が多い種類は 何年か経つと移り変わっていく中で、 近年、 大幅に増えている印象が強い。
食害での“害鳥”になっている面もありそう。





「この種の外観が判る」の “剥製写真”的な単純ではありつつも・・・

ネット世界は、 見る側それぞれの 表示特性と環境光が不特定。
白や黒が重要な画は 特に、 載せた側が期待する見え方とは違っている度合いが大きくなりがちな難があり。

そもそも、 写真自体が、 明暗が極端なものの諧調感を表現できる範囲が 目視よりも大幅に狭くて、 白や黒は 扱いが難しい。
そこに、 オオバンの羽の 光沢が出ない角度での黒さ度合いは 鳥の中でも最強級。
特に 要所の眼や顔に光が入り難くて、 “黒い鳥”だとか“種名”は判る、だけ...の 残念な写り方に なりがち。
・・・、
そんな、 平凡すぎる普通種でしかないのに 扱い難い鳥なんて、 いちいち写す必要ない??

光にシビアな鳥ほど 僅かな差で好結果とNGが明瞭に分かれるので、 その成否の割合に 光を扱う技能レベルが顕著に表れる。
そこに、 「居た」「見た」の『証拠』を示す必要だけの写真観では意識が薄い感覚の 抜本的レベルアップに進めるチャンスがある。
「○○が写っている」さえ判れば「撮影に『成功』した」の満願評価でいられる見方との違いに“気付く”ことができて・・・
何が どうなら そうなるのかを“理解”して・・・
可能性を予見した対応を“実践”できて・・・
で、 シビアなものに対応できるようになれれば、 シビアではないものでも 意識が変わって より良く捉えられるようになれる。
それには、 撮影行動全般の根本的なところから 多面的な多段階に重なる違いがある。
知能的な根拠があって対応できる事情を知っていれば、 他者の行動にも レベルが一目瞭然に「見える」... のだが・・・
事情を知らないと、 何度となく「見て」いても 表れている違いは『見えない』。
視覚としては“見えている”のと “解る”のは別物、 だから、 自身には『見えない』からといって 『無い』のとは違う。

そして、 こういったスキルアップを “写せた『証拠』を見せられる”ようにさえすれば達成、でいられるのも ありがちパターン。
でも、 見せられる『証拠』を作るだけなら、 たいていのものは 定番の見境なく片っ端から写し続けるのでも いつかは得られる。
実在する状況に偶発で逢うのは、 可能性がある最低限の行動さえすれば、 仮に無限に続ければ 誰でも いつかはあるのが必然。
それに巡り合うのは、 自身の能力で『成功』したというよりは、 いわば、 いつかは むしろ避けようがなく起きる類のこと。
他で例えれば、 マークシートの答案を全問無思考で埋めても 0点ではなく 概ね“1/選択肢の数”は正答扱いになる、の類。
その 偶発で合っただけの得点箇所を 自身に能力がある『証拠』と思っていられるのでは 『いかにも残念さん』 x x x
それだけの繰り返しでも偶発の累計は増える当然を 卓越した能力と語って優越感を満喫している 『ますます残念さん』も類型 x x x

実在するそのものを 現に「見ている」のに『見えない』... 現に『証拠を見せられる』ようでも「実在していない」...
矛盾しているような並びは “なぞなぞ”のフレーズっぽくもあり x x x

まぁ、
そもそも、 写真は 必ず向上を目指さなければいけないのでもない。
他者がどうなのかには関係なく、 それぞれなりに楽しむのは それぞれのご自由、なのだが・・・
スキルアップの意識があるつもりでいるなら、 自身の根拠ある判断でできるように向かおうとしないのでは 意味を成していない。


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