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すべての仮説は検証しないと古代妄想かも知れません!新しい発想で科学的に古代史の謎解きに挑戦します!

邪馬台国探究のための哲学と方法は?(その1)

2022-09-05 22:38:50 | 古代史
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学術的な記事が沢山集められているので、時どき参照する邪馬台国の会のホームページにある講演会の内容ですが、先日のぞくと先月の8月28日に表記のタイトルで講演会が行われることが分かり、講演会の記録がアップされるのを楽しみにしていました。面倒な話で恐縮ですが、お付き合いください( ^)o(^ )

邪馬台国探究のための哲学と方法
第401講演会記録 邪馬台国の会


本日、ページを見たら出ていましたので、早速拝見しました。しかし申し訳ないですが、少しがっかりしました。なぜ解決しないのかというような副題に沿った内容とは程遠いものでした。結論は「このように、いろいろな観点から議論すべきである。」ということで、よくわからんから、自分で考えろ!と言われた感じです(*^▽^*)

ここで、例示されたいくつかの問題も邪馬台国問題を解決するために乗り越えるべきものではなく、個々の説に対する魏志倭人伝に載っている用語の解釈でしかないものなどです。

色々と解釈できるよね!ということで終わっていますから、このことが問題解決できない理由だということに気付いて欲しかったです。

つまり、そこで終わるから問題は解決しないのですよ!

色々な解釈はあっていいのですが、その中に正解があり、不正解もあるはずです。

どうやってそれを判断するかというプロセスがあることに気付いていないということなのです。そのプロセスはつまり問題解決のための方法・手法ということです。

その方法とは?

はい、その答えは人それぞれです!

う?そんなことはないでしょう!

問題の解明に挑戦しようとする人々が研究者です。素人もプロも集まっていますが、ほとんどの研究者はすでに多大な時間をこの探求に費やして、自分なりの結論を持っているのですが、対立する別の説の方たちから問題点を指摘されており、それに対するクリアな反論によって、自説を他の多くの研究者に理解してもらうことができていない状態だと、もどかしく感じておられると思います。

それに対して、研究者ではない一般の方がいます。興味があるが、様々な事情から自ら探求しようとは考えない方ですから、学会が定説を出してくれればよいと考えているか、自分が納得できる説があればそれでよいと考えておられる、拙ブログの読者などの至極まともな方たちです。ヨイショ!(*^▽^*)

上で述べた多くの研究者は、よほど頭が柔軟な方でないと、自らの誤りを認めて自説を曲げることは不可能ですから、これはこれで良いのかも知れません。しかし、プロの歴史学者は歴史の真実を探求する研究者ですから、歴史の真実に近づくための科学的な方法を持っていないとプロの歴史学者とは言えないと思います。

では歴史の真実とは何か?

これは簡単な問題ではないですが、事実に裏打ちされた一連の物語(ヒストリー)、つまりプロが提唱するヒズ・ストーリーです。真実かどうかは神の領域ですので、軽々に断定できないと言われるかもしれませんので、およそ真実を表していると考えてよいと思われるレベルです。歴史の真相を表している可能性が高い推論なのですから、上で述べた一般の方々の誰でもが納得できる合理的な、つじつまの合う彼の物語です。

ここまで理解できると、次が問題です(´ω`*)

事実というのは、考古学や民俗学などの成果から得られます。発掘された遺構や遺物などは事実を語ってくれますが、その歴史上の位置付けは、他の事象群との前後関係から考えて解釈すべきです。ですから、この段階ではヒストリーの仮説です。この仮説を関連する新たな事実によって検証(テスト)することによって、仮説は修正されるか、仮説の詳細化や適用範囲の拡張ができます。

ここで重要なことは、仮説の検証によって、新たな事実に対する解釈のどれが正解なのかも分かることなのです。

従来、このプロセスが不十分だったので問題が解決されないまま残されているのだと思います。例えば、邪馬台国北九州説ですが、纏向遺跡のヤマト王権の成立過程との関係まで十分に明らかにできていませんから、学説と呼ぶにはオソマツです!

もう一つ重要なことは、仮説は事実に裏打ちされているので、偏見のない一般の方々は誰でもが納得できるということです。

これを科学的と言います。

その事実に対する正解の解釈を得るためには、前後の事象群によって検証するための、一連の歴史の真実を記述する適切な仮説が必要ということなのです。

しかし仮説を検証すれば分かるのですが、どのようにでも解釈できる史料文献から仮説を構築しても、簡単には正解は得られません。それなのに、仮説を検証しないで放置すると、事実に基づかないので古代妄想かも知れません。検証を繰返すことによって仮説が修正されねばならないということなのです。

何故ならば、文献は著者や編纂者がどういう目的で残したものかを十分に吟味して、予め信頼性をチェックしなければならないからです。

書かれたことが真実であるかどうかは事実と合致しているかどうかを検証すべきなのです。

従来は、根本史料として古事記や日本書紀などの六国史を採用して歴史を構築していますが、これらが天皇の歴史書だという思い込みから、好意的に考古学や民俗学の成果との不整合や矛盾を無視して来たために古代史問題が解決していないのだと思います。

例えば、この講演記録の前半部分の話ですが、藤原不比等が創作した高天原神話の天照大御神を卑弥呼とする説のことです(例えば「え!記紀は天皇の歴史書じゃないのか?」参照)。奈良時代までの記紀に記された天皇がその通り在位していないということは多くの研究者が指摘していますし、逆に、実在の天皇を隠していることも分かりました(「【発見!】仁徳天皇の怖い秘密?」参照)。拙ブログでも日本建国の過程を考古学の成果から解明して分かりました。例えば「鉄鏃・銅鏃の出土状況のデータ共有」に考古学の証拠を示しましたが、崇神天皇から応神天皇即位までの約350年間の六代の天皇とされた人物は、同時代の人物や架空の人物でした(「【刮目天の古代史】目からうろこの大発見?(その13)」参照)。

すでに、「なぜヤマト王権の始まりが分かるの?」に詳しく述べましたが、三世紀に纏向遺跡でヤマト王権が始まった事実は、発掘された考古学の成果やシナの文献に記された東アジアの情勢などから検討して間違いありません。

ですから、こういう事実を無視して、自説に都合の良い文献解釈によって構築された仮説は、事実に反する思い込みの仮説ですから、淘汰されないと問題は解決できないということなのです。これはプロの学者の集まりである学会の使命なのです!(;一_一)

なお、仮説構築については米国の十九世紀末から二十世紀初頭の哲学者・論理学者・数学者・科学者であるC.S.パースが提唱する手法が使えます。詳しくは「一つの事象にいくつもの解釈あり!」を参照してください( ^)o(^ )



(その2)につづく

【参考記事】
【刮目天の古代史】古代史を推理する
【古代史問題の科学的解決手法



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通説と違うので、初めての方は「古代史を推理する」をご覧ください。
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