トーキング・マイノリティ

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聖地の果てなき縄張り争い

2020-08-10 21:10:14 | 音楽、TV、観劇

 8月5日(水)午前0:00~0:49に放送されたBS世界のドキュメンタリー「聖地の果てなき縄張り争い」は実に見応えがあった。以下は番組サイトでの紹介。

エルサレムにあるキリスト教の聖地、聖墳墓教会では、キリスト教6教派による縄張り争いが何百年にもわたり続いてきた。教会内で宗教者たちが織りなす人間模様を見つめる。
 イエスの墓とされる場所に立つ聖墳墓教会。世界中から信者の巡礼が絶えないこの聖なる場所では、ギリシャ正教会やローマカトリック教会などキリスト教6教派が、宗教活動を行う時間や場所などを巡って、何百年にもわたる縄張り争いを続けてきた。教会の内部に長期間カメラを入れ、キリスト教の聖地で繰り広げられる混乱と人間模様をシニカルに見つめる。

 この番組は国際共同制作で、原題はズバリ The Church(2020 イスラエル)。キリスト教国である欧米ではこのような特集は制作出来なかったかもしれない。何しろ聖墳墓教会での各教派間による縄張り、権利、勢力争いの凄まじさには異教徒でも驚くだろうし、キリスト教会の聖地の果てなき縄張り争いをユダヤ教徒やイスラム教徒は冷笑しているかも。
 聖墳墓教会で縄張り争いを続けるキリスト教6教派とは、ギリシャ正教会やローマカトリック教会の他はアルメニア使徒教会シリア正教会エチオピア正教会コプト正教会である。但し現代、聖墳墓教会を実質的に“所有”しているのはアルメニア使徒教会とギリシャ正教会、ローマカトリックの三派。

 カトリックとプロテスタントくらいしか知らない異教徒日本人からすれば、キリスト教にこれほど多くの宗派があること自体驚いたはず。イエスが処刑・埋葬されたとされる最大の聖地での宗派争いも興味深いが、聖地さえ争いは繰り広げられているので、まして俗界で紛争が起きるのは当然だ。
 番組の語り部はアルメニア使徒教会の高僧サミュエル神父。60年前から聖墳墓教会に住んでいるそうで、淡々とここでの各宗派争いの歴史を語っていた。その話からは俗世の政界の権力闘争の激しさも、聖地には及ばないと感じる。

 サミュエル神父の話では1539年までゴルゴタはアルメニア使徒教会が所有していたが、グルジア正教会が時のスルタンにワイロを送り奪ったという。アルメニア使徒教会側も同じ手段を用いてゴルゴタの場を奪還しようとするが、結局はギリシャ正教が所有することになり現代に至るそうだ。
 16世紀半ばまではエチオピア正教会が聖墳墓教会で最も勢力があったが、今では聖墳墓教会内で縄張りは1㎠も持っていないとか。縄張り争いから締め出されたエチオピア正教会は、止む無く教会の2階に「スルタンの教会」を建設するが、これまたコプト正教会が1770年に所有権を主張、自分たちのものだと言い張る。以降エチオピア、コプト両正教会ともに自分たちは何百年も前からここにいたと主張し合っている。

 6教派もいるのだから聖地では常に争いは絶えず、ここでイスラエル警察の存在が欠かせない。イスラエル警察といえ係官はユダヤ人ではなく、ナザレ出身のアラブ人ジョニー・カサーブリ連絡調整官が宗派対立防止に尽力している。アラブ人調整官はここで忍耐に次ぐ忍耐が強いられる。各派指導者も忍耐と寛容の精神を口にするが、寛容性は殆ど発揮されない。
 意外なことに聖墳墓教会の鍵を管理しているのは、エルサレムのムスリム名家の家長。この計らいはサラディンによるものらしく、12世紀に生きたサラディンも聖地の争いに苦慮していたようだ。

 各宗派争いを防ぐため、260年前から「ステイタス・クオ」という現状維持に関する取決めが定められた。それでも諍いは絶えずあり、聖職者が教会内の他宗派の領域に入ろうとすれば一触即発状態になり、エルサレム警察の出番となることもあるそうだ。
 番組の最後近くにサミュエル神父は意味深いことを述べている。常に警戒して自分たちの権利と縄張りを守っていかないと、他の宗派に奪われてしまう、と。聖墳墓教会の果てなき縄張り争いはそのためだった。

 クリスマスや復活祭のシーズンとなれば、宗派の異なる聖職者同士で暴力沙汰が起きており、ТVやネットでも殴り合う聖職者の姿が見られる。2008年11月10日付だが、AFPニュースサイトには聖墳墓教会で聖職者同士が殴り合いの乱闘をする画像が7枚掲載されている。ヤクザの仁義なき抗争さながらで異教徒には滑稽の極みがだが、イスラエル警察が制止しなければ大事になっているだろう。
 神父や牧師と賛美歌を歌っていれば満足している大半の日本人信者は、この特集を見てどのような感想を抱いたのだろう。いずれにせよ、自派正当化を執拗に繰り広げる気概がない日本人信者は、教会勢力の従順な僕となる他ない。

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2 コメント

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Unknown (鳳山)
2020-08-12 23:37:01
宗教が一番綺麗事から遠いところにいますね。16世紀までエチオピア正教会が聖墳墓教会で最も勢力を持っていたのは意外でした。というか素人の私はコプト教とエチオピア正教会の違いすら分かりませんが(苦笑)。コプトはエジプト限定という理解で良いのですかね?
鳳山さんへ (mugi)
2020-08-13 22:13:25
 教派争いはキリスト教徒らしくないという批判に対し、番組の語り部であるアルメニア使徒教会の神父は、「現実などこんなものです」と発言していました。

 私も今回初めてエチオピア正教会の名を初めて知りました。wikiを見てもコプト教とエチオピア正教会の違いがよく分かりません。コプト正教会信者はエジプト人が殆どですが、エチオピアやエリトリアにも信者がいるようです。エチオピア正教会とコプト正教会も聖地で不仲で、時々聖職者同士で殴り合いがあるそうです。